さいちゃんの教会音楽な日々 -23ページ目

帰ってまいりました(^^ゞ

 長~~い休暇を終えて、今日からホイマーデンでのお仕事復帰の私。

 今日の礼拝はゲストの牧師。といってもよく知っている人である。以前州役員をしていて、現在使われている讃美歌集EGの編纂にも関わった引退牧師で、ホイマーデンに住んでいる。いつも礼拝内でいろんな「工夫」(教会員に言わせると「変わったこと」)をやってくれるので、オルガン弾きは準備が大変だ。でも、今日の礼拝はテゼ共同体のとりなしの祈り(日本語版は讃美歌21の34番参照のこと)が入っているくらいで、そう特別なことはなかったのでわりと気楽だった。

 前奏をいつものように最初の讃美歌を使った即興で始めたのだが、最初の讃美歌は印刷してあるのと違うメロディーで歌うことになっていた。そんなわけで前奏を始めたら、一瞬出席者がざわついた。逆に言えば、「印刷してあるのと別のメロディーを使って即興している」ことにみんなが気がついたということで、とてもポジティブな反応だというべきだろう。

 説教の聖書箇所は「ノアの箱舟」。この箇所に決めたのはだいぶ前で、この間にアメリカのハリケーン、南ドイツ・スイスの洪水等によって、多くの犠牲が出るなどと予期してもいなかった、という。これらの自然災害の話と重ね合わせ、聖書のこの箇所からどういうメッセージを読み取るべきか、という内容だった。この世は素晴らしいとうそぶき、その素晴らしさを謳歌する裏で、多くの人間の魂を犠牲にしていることに対する神の裁き。しかしそのカオスの真っ只中に「ノアの箱舟」…神の恵みが漂っているのだ、というこの牧師の切り口は、この難しい説教箇所に時事を反映した見事なものだったと思う。

 ちなみに、この「神の恵み」の部分は、来週うちの牧師が今日の続きとして説教するらしい。楽しみである。


 礼拝終了後、教会の前に残っておしゃべりをしている人たちのところに顔を出したら、「あっ、帰ってきたのね。演奏ですぐにわかったわ」と何人もの人から言われてしまった。そんなに私のオルガンって特殊?とか思いつつも、音楽だけで「私」を聴き分けてもらえることが、ちょっと嬉しかった。


 そんなこんなで、また日常の仕事のサイクルが始まった。気持ちも新たに、がんばらねば。

素直に嬉しいです^^

 今日はピアノの出張レッスンついでに、寄るところがあった。先週金婚式の仕事をした、デーガロッホ・ミヒャエル教会の会堂管理人さん宅である。

 数日前に管理人さんから電話がかかってきて、「金婚式をしたご夫婦から、あなたあての封筒を預かっているんだけれど」とのことだったので、デーガロッホを通って仕事に行く今日の16時ごろに伺います、と返事をしたのだった。しかし…

 16時過ぎに呼び鈴を鳴らしたのに、応答なし。

 仕方ないので、書き置きをして仕事帰りにもう一度寄ることにした。


 もう一度、仕事の後で管理人さん宅にたどり着いた時には、もう19時前だった。呼び鈴を鳴らすが、また応答なし。う~ん_ _;となったところで、向こうから犬を連れた女性が早足で歩いてくるのが見えた。「あ、ちょうどいいところに!」…管理人さんである。

 「さっきはどうやら庭にいて、呼び鈴に気づかなかったみたい」と管理人さん。それならそうと早く言ってよね、だったら庭に回ったのに。

 白い封筒を渡しながら、管理人さん曰く、「金婚式をしたご夫婦、あなたのオルガンが気に入って、それでわざわざ後からこれを届けてくれたのよ」だそうで。

 これはびっくり@_@

 結婚式や金婚式・お葬式などの特別な仕事の場合、教会からの所定のお給料の他に、当事者からお礼をもらうのはよくあることだ。でも、普通このお礼は仕事の良し悪しに関係なく、事前に用意されている。今回のように、演奏が気に入ったからといって後から届けてくれるケースは初めてだ。

 正直に言って…


 素直に嬉しいです^^


 教会音楽家冥利につきますね、これは。本人が自分の演奏に納得しているかどうかは別として。

 こんなつたない演奏であっても、気に入ってくれる人がいるってありがたいことである。しかも、人生の節目をお祝いする演奏が気に入ってくれたとあれば、なおさらだ。金婚式の3日後、30日付で書かれたお礼のカードとお金を、とても嬉しくありがたく収めさせていただいた。


 …これからも一つ一つのお仕事、心をこめてがんばろうっと。

故障中ですか…(涙)

 明日は金婚式のお仕事。会場の教会のパイプオルガンで練習させてもらってきた。

 朝寝坊の私が、がんばって午前中からお出かけ。というのも、教会の事務所が開いているうちに、鍵を取りに行かなくてはならなかったのだ。結構時間ぎりぎりに駆け込み、事情を説明して鍵を借り、仕事が終わったら事務所の郵便受けに入れておくことを約束する。


 さて、練習…といいたいところだが、午前中は目が開いたまま眠っている状態の私、しっかり家に楽譜を忘れてきた_ _; 仕方ないのでオルガンをさっと見たあと家に一旦帰って、ついでに昼食も食べて出直してくる。

 会場はデーガロッホ地区のミヒャエル教会。中世の建物で、大きさはまぁ中ぐらい。ホイマーデン教会ほど小さくもないが、それほど大きくもないといった感じである。ここがいわば、教区トップの教会音楽家が働いている教会というわけだ。

Michaelskirche

 さて、この教会には3段鍵盤のヴァイクレ・オルガンが入っている。そう、またまたヴァイクレである。この辺一帯を本拠地にしていたオルガンビルダーだから、数が多いのはもっともなのだが、それにしても最近ヴァイクレばっかり弾いているなぁ^^;

 無論、3段鍵盤の楽器だから結構大きいし、ストップ数も多い。リード管も含め一通りなんでも揃っていて、ロマン派のものを弾いても楽しそうだ。例によって例のごとく、電気アクションなのだが。

Weigle-Orgel(Michaelsk)

 せっかくだからロマン派を派手に弾きたいよなぁ、と思ってメンデルスゾーンの楽譜を持ってきたものの、練習を始めてみたら指と足が動かない。休暇で派手にサボっていたつけが思いっきり回ってきた、という感じ。でもオリジナルに近い音色で弾けるのが楽しいのなんのって!迫力が全然違う。

 それで、何とか明日までに指と足が動くようにと練習していたのだが、それにしても何だか変な音がする。リード管の調律が狂ってるのかな?と思い、多少のことなら目をつぶろうと思ってしばらく弾いていたのだが、やっぱり変。しかも、ハ長調の曲を弾いてるのに、よりによってソの音(g1)が変なのだ。これは問題である。

 気になり始めると、絶対に原因をつきとめないと気が済まなくなってしまう。練習時間が減ってしまうが仕方がない。g1の鍵盤を押してみると、変な音が出るときと出ない時があってまたややこしい。変な音が出るときは、半音近く低い音がくっついているみたいだ。

 いろいろなストップを入れたり抜いたり、試しているうちにおかしなことが起こった。スウェル鍵盤からグレート鍵盤へのカプラーをかけているのに、グレート鍵盤のストップを全部外してしまうとグレート鍵盤を弾いても音が聞こえないのだ。(注:普通ならスウェル鍵盤のストップの音が出るはず。)もう一度押してみると、何だかしまりのない低い音が…_ _;


 あちゃ~。見事に故障してる_ _;


 他の鍵盤も弾いてみたが全部OK。てことはg1の鍵盤のみ、カプラーがおかしいのだ。電気アクションで、しかも出たり出なかったりする、ということは接触が悪いと見た。


 電気系統は自力で直せませんがな_| ̄|○

 

 何とかなりそうだったら、オルガンの中にもぐってもよかったのだけどねぇ_ _;

 こればっかりは仕方ない。他人の教会のオルガンだから、大騒ぎしてオルガンビルダー呼ぶわけにもいかないし。私に残された選択は2つだけである。

 ① カプラーを使わないで弾く。音色が少し薄っぺらくなる。

 ② どうせ変なのは1音だけだから、そのままの音色で強行。

 音色が薄っぺらくなるのもどうかと思い、②も考えたのだが、やはりハ長調の曲でg1が変だというのはいくらなんでもヤバすぎ。仕方ないので①にする。幸いストップ数が多いので、それでもまあまあ迫力のある音が出るから良しとするか…。


 こうして音色は決まったのだが、指と足が動かない状況は、ある程度以上は改善されなかった。音楽に付け焼刃は通用しないことを痛感。明日ちゃんと弾けるのかまだ心配だし、ごまかし以上の演奏は出来ないと思うが、何とか上手く最後までいきますように…。

珍しく、他の教会でお仕事

 朝からバケツをひっくり返したような大雨が降っている。濡れてしまうから出かけたくはないが、お仕事なのでそういうわけにはいかない。濡れても構わないようなズボンをはいて、いざ出勤。


 シュトゥットガルトにいるのに、珍しくホイマーデンではなくて他の教会でのお仕事である。実は、ホイマーデン教会には早いうちに無理を言って、8月いっぱい休暇をもらってあるのだ。だから本当なら、のんびりとすごせる日曜の朝…のはずなのだけど、夏は何せみんな休暇をとるのに、礼拝はお休みにならないから、ものすごいオルガニスト難となる。私のところにもピンチヒッターを探している教会からじゃんじゃん電話がかかってきて、シュトゥットガルトに戻ってきている21・28日のお仕事を引き受けざるを得なくなったというわけだ。


 …とってもくどいようだけれど、私は休暇中なのだ!!!

 でも、これが天職との自覚が一応あるだけに、拝み倒されると弱いのである_| ̄|○


 そんなこんなで今日は初めて、シュトゥットガルトの西の端の方にあるギーベル地区のプロテスタント教会へ。電話をもらっただけで、どんな教会かもよく知らないし、もちろんどんなパイプオルガンが入っているのかもよく知らないまま出かけた。

 電車を乗り継いで30分。ギーベル地区は高層住宅こそあるものの、電車を降りたら真っ先にリスに出会ってしまうほど、のどかで静かな地区である。地図で見たとおり道の角を曲がったら教会の塔が見えて、たくさんの人が教会に入っていくのを見かけた。典型的な戦後の建築の、モダンな教会だ。それにしても礼拝開始50分前にこんなに人がいるって早すぎないかな!?と思って聞いてみたら、案の定こちらの教会は私の目指す教会ではなくて、カトリック教会だとのこと。

 「プロテスタントの教会はもっとまっすぐ行って右側よ」と教えてくれたおばさんにお礼を言って、ややしばらくまた住宅街をとことこ歩くと、また典型的な戦後の建築の、モダンな教会が見えてきた。こちらが私の今日の仕事場である。

 Stephanuskirche
 教会の扉が開いていないな、と思って横手に回ったら、ちょうど会堂の管理人さんらしき人がやってきたのでご挨拶。早速オルガンのところに案内してもらう。見事に祭壇のすぐ横の、一段高くなった場所にオルガンがあった。礼拝出席者から丸見えな上、祭壇はパイプの入った箱に隠れてよく見えないという変な位置である(汗)

 楽器はヴァイクレ。なんだか最近、ヴァイクレ・オルガンに縁がありすぎだなぁ、と思いながら見ると、一応2段鍵盤でストップもリード管に至るまで一通り揃っていて、スウェルやコンビネーションもついている。あえてケチをつけるなら電気アクションだということなのが、それを補って余りあるくらい教会の音響がいい。これは弾くのも楽しそうである。

 とはいえ、遊んでいる場合ではなく、礼拝の準備に取りかかる。前奏と最初の讃美歌の間に挨拶が入るとのことなので、珍しく前奏にバッハを弾くことにした。今週の讃美歌がEG343"Ich ruf zu dir, Herr Jesu Christ"(私はあなたに呼びかけます、イエス・キリストよ)なので、この讃美歌を使ったコラール前奏曲BWV639を弾くことにしたのだが、何せ突然決めたのでほとんど初見状態。それでも音色を決めて、何とか形にして後奏に用意したパッヘルベルのフーガヘ長調や讃美歌の音色を決め、礼拝順序に目を通す。

 前々日に牧師が電話で言っていたように、見事なドイツ・ミサ形式である。聖餐式の時のサンクトゥスが、思っていた曲と違ってちょっとドキドキしていたところで、牧師到着。少し簡素化するとのことで、聖書朗読のあとのハレルヤや、短い典礼歌をいくつか弾かなくてよくなった。


 そうしているうちに鐘が鳴り始め、"Ich ruf zu dir"で前奏開始。挨拶のところで突然「今日のオルガニストは…」と名前を言われ、びっくりしているうちにすぐに1曲目の讃美歌。EG168"Du hast uns Herr gerufen"(主よ、あなたが私たちを呼んだので)だった。この讃美歌は全部で6節あるのだが、1~3節が礼拝の始め用、4~6節が礼拝締めくくり用の讃美歌になっていて、実は交唱用になっている。今日の礼拝では交唱はしないものの、1~3節で礼拝が始まり、4~6節で礼拝が終わるような典礼になっていた。こういう讃美歌って日本の讃美歌集には入ってないんだよなぁ、と思いながら伴奏。

 詩篇交読とグロリア・パトリのあと、キリエ唱があまりにすぐに入ったので、音色変えをしていてちょっと出遅れてしまった。そのあとグロリア唱。ただし、北の方の典礼と違ってグロリア・イン・エクセルシスである"Allein Gott in der Hoeh sei Ehr"が入ってなかったので、ちょっと拍子抜け。

 いくつかの典礼歌と聖書朗読、使徒信条のあと、今週の讃美歌"Ich ruf zu dir"である。一曲目の讃美歌を弾いていて、礼拝参加者の歌声とのバランスが悪いと感じられたので、音色を変えてみたら今度はいいみたいである。ただ、音響のある教会で弾いていると、どうしてもテンポが遅くなってしまう傾向があってまずい。歌声は遅れて聞こえるから、自然と私が一生懸命引っ張っていくような形になる。


 説教の間はオルガニストが一息つける時間だ。そうはいっても片耳で(?)一応ちゃんと話は聞いている。今日の説教はエキュメニカル運動の話だった。世界規模の大きなエキュメニカル運動のひとつであった、テゼ共同体の創始者、ロジェ司祭が夕べの祈りの最中に殺された週であったから、そういう話になるのももっともである。牧師は、キリスト教内での教派を超えた運動に留まらず、宗教や人種・国籍を超えた「愛による相互理解」の必要性を、聖書の箇所から説いていた。目新しいことは何も言っていなかったが、ただただ深く賛同するしかないような内容であった。


 説教のあとはEG251"Herz und Herz vereint zusammen"(心と心を一つにして)。説教の内容から、この讃美歌が歌われる意味の重要性を見て取ったので、即座に3声の簡単なフーガを即興した。ここまできちんとした意味合いを持って説教の内容と讃美歌とが組まれているのなら、少し大きなトリオとかフーガとか準備しておけばよかった、と後悔。

 そのあと、聖餐式の部分へ。いくつかの典礼歌・罪の告白・サンクトゥスのあと、カトリック教会のミサの中でいつも行われている「平和の挨拶と握手」があって、ちょっと驚いた。素敵な儀式だと思うが、プロテスタント教会でやっているところは珍しい。私のところには牧師がやってきて、平和の挨拶と握手をしてくれた。この時初めて、牧師がクリスマスやイースター等、聖なる儀式の日にのみ着る白い服を着ていることに気づいた。普段の礼拝では黒なのだ。聖餐式に臨む牧師の姿勢を表しているように思えて、好感が持てた。

 そして聖餐。参加者が祭壇の周りに輪を作って、パンとぶどう酒とが配られる間、静かな音で簡単な初期ロマン派風のカデンツを即興で弾いた。大きな輪ができたところを見ると、休暇の時期にもかかわらず結構出席者が多かったのだな、と感心。

 あとは感謝の詩篇、終わりの讃美歌(最初の讃美歌の4~6節)、そして報告と祝祷。後奏の最中、みんながきちんと座って聞いているようだったので「あ~、弾き慣れた曲選んでおいてよかった!」と思った。多くの教会では、後奏が始まると立ち上がって話を始めたり、帰っていってしまう。こういう場合の後奏を、教会音楽仲間用語で"Rausschmeisser"(追い出し曲^^;)というのだが、たまには最後まで聴いてもらうのも悪くないかも…。


 終わったあとで、牧師が「残ったパンとぶどう酒、食べない?」と声をかけてきてくれて、牧師と何人かの教会員と一緒に、残っていたパンとぶどう酒をいただく。聖餐の器に入ったままなので、儀式の最中でなくてもなんとなくおごそかな感じになってしまう。オルガニストの私は聖餐に滅多に参加できないので、こういうひとときが持てるのは嬉しいのだが、それにしても普通の礼拝参加者の3倍ぐらいパンとぶどう酒をいただいてしまっていいんですかね?(笑)


 そんなこんなでお仕事は、準備不足にもかかわらず何とか終了。無論、準備していなくてもある程度のレベルのものを提供できるのがプロなのだが、やはりこんなことではいけない。来週もこの教会で弾くことになっている。様子もわかったし、今度はもう少しきちんと準備しよう、と思ったのであった…。

ケヴェラル訪問

 旅の途中、ケヴェラルと日本語表記される小さな町、"Kevelaer"に寄った。デュッセルドルフからローカル線でオランダ側へ1時間。私がスコットランド行きの激安便に搭乗する空港の、すぐ近くである。

 ドイツ即興界の第一人者、ヴォルフガング・ザイフェン氏の講習会を一度受けたことがあるのだが、その時にザイフェン氏は以前オルガニストをしていたケヴェラルの教会のパイプオルガンについて語り、「即興は楽器の良し悪しにも左右されるものだから、もしケヴェラルに行くことがあったら、ぜひあのオルガンに触ってみて欲しい」と言っていたのを、私はしっかり覚えていた。今回はあわよくば「オルガン弾かせてください」と言ってみようと企んでのケヴェラル訪問だったのだ。名前もあまり聞いたことがないので、小さな町なのだろうと思い、事前の連絡なしでも意外と簡単に「どうぞどうぞ」って言ってくれるかも?と考えていた。そうでなくても、いいオルガンなら誰か練習していて、音ぐらいは聴けるだろうと。

 しかし、結論から言うと、この私の読みは見事に外れた


 駅で電車を降りて、旅行の荷物をロッカーにでも預けて町を歩こうと思ったのだが、見事に駅には何もない_ _; この荷物引きずって町歩くのいやだなぁ、と思いつつも、仕方なく歩き出す。

 教会名すら調べていないという行き当たりばったりの私。とりあえず、駅から見えた大きな教会の塔に向かって歩き出した。5分ほどでその聖アントニウス教会にあっけなく到着し、中に入ってみた。外は古い感じなのに、中はモダンで明るい教会である。祭壇からみて左後方に、大きなオルガンがあった。

Seifert-Orgel(St. Antonius/Kevelear)
 なんだか人が見ていないうちに、すぐに演奏台に飛び乗れそうなぐらい会衆の席のすぐ側にあって、仕切りもロープ一本という簡単なものだ。オルガンビルダーの名前も"Seifert"と、調べてあったのと同じなのだが…このオルガンの何が特別!?!?ストップや足鍵盤等を目を凝らしてみてみたが、その辺の大きな教会に入っているオルガンとあまり変わり映えがしない。これはどうも、ザイフェン氏が言っていたオルガンではないようだ。無論どんなオルガンであれ弾いてみたい気はするものの、そんなに時間があるわけでもないから、道草を食っていたら肝心のオルガンを見損なってしまう。


 聖アントニウス教会を出たら、メインストリートの向こうにもう一つ教会の塔を見つけたので、今度はその教会に向かってずんずん歩き始めた。

 石畳の道は雰囲気があっていいのだが、キャリーケースを引きずっているせいでものすごく歩きにくい。バックサックを背負ってこなかった自分の選択を恨みつつ、ようやく目指す教会、聖マリア・バジリカにたどり着いたのだが…




 入って、びっくり@_@




 こ、これは…!!!


Marienbasilika(Kevelaer)

 見事な金ぴかの装飾を施された聖堂。それもそのはず、このケヴェラルはなんとマリア巡礼地の一つだったのである。不届きなプロテスタント教徒の私が知らなかっただけなのだ。聖堂内は観光客や巡礼客であふれているが、みんなが聖なるものを意識し、静かに静かに歩いたり、装飾を見たり、祈ったりしている。


 会堂の後ろ側にある大きなオルガン、あれがザイフェン氏の言っていたオルガンだと確信したものの、とてもとても…




 「ちょっとオルガン弾かせて」なんて言えない…_| ̄|○





 …すみません。私が不謹慎でした。出直してきますm(_ _)m

 



 というわけで、オルガンの資料だけ買って、すごすごと帰ってきたのだ…_ _;

 カトリック教徒でもないのに、出てくるとき聖水で十字切っちゃったぐらい、この教会には聖なる雰囲気があふれており、圧巻だった。


 巡礼の時期は5月1日から11月1日とのこと、今度はその時期をはずして、事前にザイフェン氏と連絡を取ってオルガンを弾かせてもらいに行くぞ!と思いつつ、ケヴェラルを後にして空港へ向かったのであった。