歌い手、勢揃い!! | さいちゃんの教会音楽な日々

歌い手、勢揃い!!

 今日はシュトゥットガルトの教会音楽家たちが企画する、年に一度の歌い手コンテスト(?)があったので行ってみた。
 教会では大きなコンサートはもちろん、ちょっとした音楽礼拝の場面でも、歌のソリストが必要になることが多々ある。歌い手の方も心得ていて、仕事をもらうために教会音楽家のところへ「声を聴いてください」としょっちゅう電話をかけてくる。そこで、年に1回みんな集まって、まとめてやってしまおうという企画らしい。
 立場上、シュトゥットガルトの辺境オルガニストの私には当然その手の情報は直接来ない。私もソリストの情報を欲しがっていると知って、オルガンの先生が誘ってくれたのだ。「(案内をもらってないのに)行って、一緒に聴いて大丈夫なんですか?」と念のため先生に聞いたら、「別に構わないと思うんだけど。何かいわれたら僕が何とかするからおいでよ」と言ってくれたので、ちょっとホッとして出かけたのだった。(……教会音楽家の世界も、結構人間関係がややこしいので怖いのだ_ _;)

 行ってみたら、会場にはもう何人かの教会音楽家が来ていたが、知らない顔ばかり。歌い手は別室を控え室にしているようである。入り口のところでちょっとキョロキョロしていたら、私の教会のあるデーガロッホ地域のトップの教会音楽家S女史や、シュトゥットガルト中央地域での仕事を受け持っているP女史等、知った顔が少しずつ現れてホッとする。本当はこういうとき、堂々と部屋にいる全員に自己紹介して回れるぐらい度胸があるといいのだが、なにせ今日は「招かれざる客」だという意識があるものだから、どうしてもおどおどしてしまう。S女史も企画側として一瞬「あら?どうして彼女がいるのかしら」みたいな顔をしていたし。(でも聞かないところが大人なのかも…?^^;)
 M氏という古参の教会音楽家が現れ、新顔を認めて挨拶してくれて、そこで初めて先生の名前を出したら「ああ、そう」の一言で終わってしまった。そうこうしているうちに、例によって例のごとくギリギリでうちの先生も現れた。挨拶するや否や、着席の号令がかかる。座る時に、隣や前後になった人と簡単に握手と名前で挨拶。集まっている教会音楽家は12~13人といったところである。

 今日はシュトゥットガルトのトップの教会音楽家、H氏が病欠だそうで、代わりに午前中はS女史、午後はツッフェンハウゼン地域のトップの教会音楽家K氏が進行係をするとのこと。11時から15時までと先生に聞いていて、まさか4時間ぶっ続け?そんなに歌い手がいるの?と思っていたのだが、進行表をもらったら見事10分刻みで全部埋まっている。おそろしー!!
 アルトのMさんからスタートし、3人アルトが続き、その後ソプラノ登場。それから2人キャンセルになったらしく、進行表にあるのとは別の名前の人が歌った。どうやら最初から歌うのは24人と枠が決まっていて、誰かがキャンセルするとウェイティング・リストに名前の載っている人が飛び入りできるシステムになっているらしい。逆に言えば、それだけ応募者がたくさんいるということなのだろう。
 音大を出ている歌い手であれば、みんなそれなりの声は持っている。だが、10分の枠で、自分の持てる力を出し切る…というのは大変なことだと思う。自分の長所をアピールできる曲を選ぶのはもちろんだが、コンディションもその10分のために整えておかねばならない。音大の試験や就職試験で問われるその「厳しさ」を、今回初めて審査員の側になって改めて強く感じた。次から次へと歌を聴いていると、残酷なほどその差がわかるのである。
 今回は一般の就職試験やコンテストとは違い、就職が決まるわけでも、点数がついて一番が選ばれるわけでもない。聴いている教会音楽家のうち、誰かの目に留まれば、何かの機会に電話がかかってくる…という形で結果が表れる。すぐ結果が出ない分余計に厳しいかもしれないが、これだけの人数がいれば1人が買ってくれなくても、他の誰かの目に止まるチャンスはあるわけだ。実際、「こういう声はシュッツやる時には欲しいけれど、ブラームスではちょっと…」とかいうこともあるわけで、私も含めた教会音楽家側は、聴きながら熱心にそういう内容のメモを取っているのである。
 例えば私が取ったメモの例を、ソプラノで挙げてみると…
 「明るく軽い声だが、ビブラートかかりすぎ、表情があまりない。」
 「明るく表情豊か。高音も安定しているが、高くなると鋭い声になる。」
 「力強いがくもった声。音程のとぶ箇所が不安定。高音が上がりきらない時あり。」
 「コロラトゥーラ。中音域も良く出る。ドラマチック系の力強さは持たないが、安定した透明な声。」 

 1時間半たったころ、トイレ休憩に一旦外へ出た。休憩はタイムテーブルに入っていないから、各自適当にトイレタイムを取らざるを得ない。で、トイレから出たところで知った顔を発見。去年先輩のアシスタントをした時、ソロを歌っていたバリトンの歌手で、教会音楽家兼シュトゥットガルト・オペラの合唱団員であるBさんだ。進行表を見て「もしや?」と思っていたが、案の定であった。歌う順番待ちをしているのである。
 「あれっ?僕、あなたを知ってるよね?」というので、ちょっと立ち話。先輩から「Bくんは報酬に関係なく、時間が空いていればいつでも来てくれるよ」と聞いていたので、いざという時のために「シュトゥットガルトに合唱団を持っていて、たまにソリストを必要としている」という話もちらっとしておいた。実際若いけれど非常にいい声の持ち主だし、一緒に仕事をしやすそうな好青年でもあるので(笑)
 Bさんと話していたら、外から扉を開けて知った顔がまた登場…!ハイデルベルク時代の学生仲間、Aくんである。「お久しぶり~!こんなところで何してんの?」ってAくんよ、そりゃないだろう。私が歌手じゃないことぐらい知ってるだろ?(爆) ちなみにAくんは卒業後1年間実習生をやり、その後産休代理でシュトゥットガルトに教会音楽家の職を見つけた。産休を取っていた教会音楽家が半分仕事に復帰し、相変わらず残りの半分の仕事をしている、というところまで知っていたが、同じシュトゥットガルトに住んでいるのに全く会う機会がなく、ご無沙汰していたのである。
 というわけで、Bさんに"Viel Erfolg!"(成功を祈ります!)と声をかけ、Aくんと一緒に会場に戻った。この間7分ぐらいだったらしく、聴き逃すかも?と思っていたソプラノの歌手の、最後の1曲を聴くことが出来て良かった。次がBさんの番で、安定した力強い低音でのびのびと歌っていた。大したものである。

 お昼頃、進行係がK氏に交代したのだが、K氏は会場に入ってくるなり一言、「窓開けて休憩にしない?」 …どうも余程空気が悪かったらしい。みんなも頷いて、ちょっとだけ休憩を取ることになった。
 さて、実は私、大変不義理なことをK氏にしてしまっていた。2年前まで私はツッフェンハウゼン地域に住んでおり、トップのK氏とも交流があったのだが、引越しのバタバタで行き先も告げないまま、ツッフェンハウゼン地域から突然姿を消した形になってしまっていたのである。その後、パソコントラブルでメールアドレスを消失したこともあって、完璧に連絡しないままになっていた。もっともこれは言い訳にすぎなく、K氏のメールアドレスなんてインターネット検索で出てくるのだから、その気になればすぐわかるのである。ここで会ったが百年目!?というか、ここで会ったからには平謝りして関係回復を図るべし。
 というわけで、早速K氏のところへ行って平謝りしたのだが、幸いにして「うん、でも今日ここで会えてよかった。新しい住所教えて。」とすぐに言ってくれた。私もK氏にお願いして、メールアドレスを書いてもらい、無事連絡先交換完了。怒ってなくてよかった…(少なくとも表面上は)。
 音楽家として活動するには、こういう繋がりを持っておくのはかなり大切なのだ。それをサボっていたのは、やはり私の「不徳のいたすところ」である。学生時代はそんなことどうでもいいと思っていたが、残念ながらこの世の中はやはり人脈で動いているのだ…ということをつくづく感じさせられるこの頃である。

 休憩時間中、Aくんともちょっと話をしてみたら、産休を取っていた教会音楽家はすでに4分の3復帰しており、彼は残りの4分の1の仕事をしているとのことだった。それで家族を養うのは大変なんじゃ…?と思ったら、シュトゥットガルトの全く別の教会で職をゲットし、今は両方の仕事をしているのだそうだ。彼は元々、シュトゥットガルトのトップの教会音楽家H氏の弟子だということもあって、上手くやっているようで一安心である。
 今回審査(?)に来ている主だった教会音楽家は、歌い手の連絡先や履歴を手元に持っていた。先生も持っていたので見せてもらって、気に入った歌手の連絡先のメモを取ろうとしたら、先生曰く「あ、それメモとらなくていいよ。後で全部メールで送ってあげるから」とのこと。至れり尽くせりで、ありがたいことであるm(_ _)m
 そうこうしているうちに約10分遅れで後半が始まった。最初がバリトンだったが、音程が不安定なところがあり、B氏との差が出てしまって残念な出来だった。
 結局、ソプラノ11人、アルト8人、テノール3人、バリトン2人。そのうち、私が何かの時にソリストを頼みたいな、と思ったのがソプラノ4人、アルト3人、テノール2人、バリトン1人。難点はあるが場合によっては…というのがソプラノ2人、アルト3人、テノール1人、バリトン1人、という結果であった。ま、でも問題は「お金」だよね…_ _;

 終わったあと、私はすぐに仕事に行かねばならなかったので、うちの先生とK氏に手短に挨拶。Aくんにも挨拶をしようとしたら「僕も今出る」というので、一緒に会場を後にした。
 Aくんが「君の教会は、大きなコンサートをやるだけのお金あるの?」と聞くので、「ないよ」と身も蓋もない即答をする私。「ただ、例えば去年、モーツァルトとハイドンのプログラムで、ソプラノのソリスト1人呼んでコンサートやったんだよね。その程度なら何とか出来るって感じ。」と言ったら、Aくん「ふーん」と一言。Aくんが新たに持った教会が、経済的に厳しいであろうことは想像がつくので、彼も悩んでいるのかもしれないな…と思う。
 活動をするためのお金のやりくり、人脈を作ること、等々… 教会音楽家の腕が、音楽でない部分で試されるというのも残酷な話だ。高い理想を持って教会音楽家を目指す人には申し訳ないが、いくら実力があっても、うまく動き回れないと音楽する場を持つことすら出来ないのが現実である。厳しいよなぁ~_ _;

 いずれにせよ、今日はいろいろな意味で有意義な日だった。自分の声を聴いてもらおうとする、積極的な歌い手の姿勢にも少なからず刺激された。今日聴いた歌い手に仕事をお願いする日が来るのかどうかはわからないが、この先コンサートの計画をする時に、必ず役に立つだろうと思う。